こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

NHKのニュースに紹介された自転車の少年

朝のNHKニュースで、8歳くらいの少年が、数日かけて全行程320km走る自転車ツアーに参加して完走したと紹介されていた。何でもすぐに諦めてしまって長続きしない性格を鍛える趣旨だそうだ。本人による、お兄さんのような---6歳のとき交通事故で亡くなられたとのことだが---優れた人格になりたいとの趣旨の発言もあった。

走行シーンをみて、かわいそうにと思った。自転車的に間違える可能性のあるポイントはすべて間違ってるんじゃなかろうかと思った。大きすぎるマウンテンバイクに乗せられ、映画のイージー・ライダーみたいな姿勢で走らされていた。タイヤはブロックタイヤで、チェーンやスプロケットはずいぶん黒く汚れているように見えた。ヘルメットは通気穴もなく重そうな通学用白ヘル、手袋は軍手だった。水筒を持っている様子もなかったが、リュックにハイドレーションシステムを仕込んでいたのだろうか。

あれでは自転車も重くて走らせ難いだろう。乗車のフォームは理想にほど遠く、オフロード用のブロックタイヤや汚れたチェーンに余計な力を使わされる。服装は放熱などまるで考慮していない。実際、辛そうだった。汗まみれになって、変な姿勢で、走りのわるい自転車を必死に走らせていた。何度も弱音を吐くが、それでも乗り越えていく姿が健気だった。何がまだ幼い彼をここまで駆り立てるのだろうかと思った。亡くなった兄に対する劣等感に駆動されてのこととしたら哀れだし、そうして自転車を走らせようとする彼の努力のかなりの部分が無知に由来する無駄な努力ときては、これほど哀れな話もあるまいという気がした。

引率者は、ヘルメットも被らない、バンダナの中年男だった。やめてもいいよと何度も水をむけたががんばり通したと少年を賞賛していた。俺の活動は素晴らしいだろうという自己陶酔が透けて見えた。貴様に足りないのは自転車の知識なのか、リアルの他者を思いやる心なのか、それともバンダナと頭皮のあいだに生えているはずのものなのかと、問いただしてやりたかった。三つとも足りなさそうに思えた。

自転車のよいところは、頑張れば予想外の長距離を走れるところではない。頑張らなくても予想外の長距離を走れるところだ。乗り始めの自転車乗りに自転車が教えてくれるのは、今の駄目な自分でも頑張ればできるんだという凡庸な教訓ではなく、今のままの自分にも自分自身知らなかった力がこれほど潜在していたのだという自己肯定である。であればこそ自転車に乗るのは希有の体験なのであって、頑張らなくてはきみはダメだとしか言わないのならオウム真理教の勧誘とかわらない。

とくにこの少年には、今のままの君でよいというメッセージが必要だ。8歳になってもなお6歳で亡くなった兄と自分を比べている彼には、君はきみ自身において素晴らしいのだと、まわりの大人が教えてやらなければまずいじゃないか。亡くなったお兄ちゃんに比べてなんと駄目な子だろうと思っている限り、この子が亡くなった兄に追いつくことは今後とも不可能だと思う。そういう面では死者は無敵だ。今のままでは、彼は8歳が18歳になっても80歳になっても、6歳の兄に押しつぶされそうになりながら生きて行かざるを得ないんじゃないだろうか。そもそも何事もすぐに諦めてしまって続かないのも、兄に比べて自分は基本的にダメなのだと思ってればこそじゃないか? 

くどいようだが繰り返す。そんな彼に必要なのは、限界を超えて頑張って何かを達成した(逆に言えば頑張らないと達成できなかった)経験ではなくて、今のふだん通りの彼のままでも意外に凄いことが達成できてしまったという経験だ。今までの俺は確かにダメだったが頑張ればこの駄目さを抜け出せるのだというありがちな教訓ではなく、今までの俺も意外に凄かったじゃないかというシンプルで健全な自己肯定を得ることだ。アクロバティックな要求に見えるかも知れないが、すぐれた自転車はそれが可能だ。今回自転車に着眼したのは誰だか知らないが慧眼だと思う。それだけに、あのバンダナ中年の自己陶酔と無知に由来する少年の無駄な頑張りが、残念でならない。

彼の周囲の大人にお願いしたい。これからは彼を死んだ子の代替品として扱わず、一人前のこどもとして扱って欲しい。そのためにも、まずは今の彼の体格にあった自転車(ロードバイクをとまでは言わないから)と、ほんとうの自転車用ヘルメットを買ってやって欲しい。手袋もぜひ。そして、今のままの彼と、しっかりチューンアップされた自転車とに、どれほどの潜在力があるか、刮目して見てほしい。習い事が続かないといった程度の詰まらんことで生きている子どもを見限るような真似は謹んで欲しい。

バンダナ中年君には、自転車の勉強をしろなどと難しいことは要求しない。せめて、子どもを引率してNHKの取材を受けるときくらいはメットかぶれ。その程度の社会性は持ち合わせてもわるくなかろう。