こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

がき大将を目指さない

手元に文献がないのであやふやな記憶かもしれない。バージョンがたくさんある作品ではあるし。なにさま、自分の記憶によれば、のび太が将来の夢を聞かれて「がき大将」と答えるエピソードがあったはず。

どういう手配でか、大人になったのび太が近所の子供たちをあつめて「がき大将」として振る舞うようになったが、その姿を陰から見ていた子供ののび太が、そのあまりのみっともなさに耐えきれず、大人ののび太を叱りつけてやめさせるという落ちだった。私の記憶では、ですが。あるいは他のエピソードと入れ子になっているかも。でもまあ、そういう話があったと言うことにしてください。

さて。

うちのNICUの今後を、どういう方針を目指していくのかと考えた際に、今の理想を元に考える将来像ってのは、ひょっとして「がき大将」なのではないかと思ったりしている。

今の時点で羽振りの良い他施設を見て、ああなりたいなと思うのは、ジャイアンをうらやましく思うのび太と根が同じだったりしないかと。

どうあっても、今の高額な費用のかかる医療制度が、このまま維持できる訳がないと思う。どこかで大幅な再編があるんだろうとは思う。

その大幅な再編が大規模施設への集約という形をとるかどうかは分からないが。私見では、大規模施設への集約というのは、大和を沈められた旧海軍が大和よりもでかい戦艦を作ろうともくろむような話だと思うのだが。

旧軍の話を始めると止まらないから本題に戻ると、よりよい形の新生児医療と、そこから続く小児医療を目指したいし、よい形の医療ができあがった際にそこに自分の率いる施設を参加させていたいと思う。

しかしそれは子供の集団がさらによい子の集団を目指す訳ではなく、子供はいずれか大人にならなければならず、今の医療も今のままでは継続不可能なのであって、いずれかの時点で質的な変容を迫られることになろう。

その後の自分たちの姿が、現在の時点における羽振りの良い姿の模倣にとどまっていては、たぶんそれは「がき大将」的な姿なのであって、もしその姿を今の自分がみたらかなり恥ずかしく思うだろう。

しかし今の自分の想像力には、のび太が将来の夢を聞かれたときほどにも、成長したNICUの理想像というのが描き難い。それではいけないのだけれど。


まあ、自分のことを差し置いて他の批判をすれば、今さら「がき大将」的な振る舞いをしている隣国があるよね、とか思う。おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの。現代はそういう振る舞いが適切な時代ではなくなったのに。あるいは本当に跡継ぎ息子を「大将」と呼んじゃったりする国もあって、実は馬鹿にされてるんじゃないかと跡継ぎの彼も考えてみた方がいいんじゃないかと思ったりする。