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こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

当事者って誰?

ヒヤリ・ハット報告というものが病院にはあって、ネーミングセンスのなさはジャニーズ事務所を笑えないなと思うのだが、まあそれはともかくも、齟齬があったが大事には至らなかった事例を拾い集めて分析することで、破滅的な事故を防ぐというものである。

ことの性質からして、できるだけたくさんの事例を集めることが優先されるべきものだと、私は思うのだが違うんだろうか。

何か私が間違ってるのかな?といつも違和感を憶えるのだが、ヒヤリ・ハット報告において一番根掘り葉掘り聞かれるのが、当事者の属性である。当事者は誰?職種は何?職歴何年何ヶ月(何ヶ月、まで勘定して記載しないと受け付けられない・・・ええと俺が国試に受かったのは何月だったっけか)?そのうちうちで何年何ヶ月勤務?そのとき疲れてた?なんだかんだと。オンラインの入力システムは何ページにもわたって、「それを報告する君は誰なの?本件は誰のせいなの?」と聞いてくる。職歴が何年まではよいとして、何ヶ月?を入力する辺りで嫌になってくる。そのとき疲れてた?とか、ちゃんと寝てた?とか聞かれると、おいおいまだ俺のせいだと決まったわけじゃなかろうよと不愉快になってくる。

そもそも当事者って誰なのよと思う。報告者と同じなのだろうか。それならヒヤリ・ハット報告システムにログインした時点で分かることだろうに。匿名報告も受け付けるためかもしれんが、職歴何年何ヶ月の医師とか、簡単に個人を特定できるだろうから、このような個人の属性を根掘り葉掘り聞いた時点でもう匿名も実名もなくなってるだろうに。

しかし記載するのは必ず当事者に限るのだとしたら、それは事故報告書であってヒヤリ・ハット報告ではない。ヒヤリ・ハット報告なら、傍で見ていた立場であってもあれは危ないと思ったら書くってのが本当だろう。家の窓から火が出ているのを通りがかりに気づいて119番通報したときに、「君って燃えるもの見たらわくわくする?」とか消防署は聞かないだろう。隣家から助けてくれと悲鳴が上がっていると警察に届けた際に、「隣の家に恨みはありますか」とか聞かれたら、届けた俺をいきなり犯人扱いかよと不愉快になるものだろう。黙って見ないことにしておく方がよいってことになるだろう。

それにもまして、ヒヤリ・ハット報告で本当に集めなければならない事例ってのは、「まずいことが起きたけれど、その事例の当事者が自分だとは誰も思わない」ような事例なのではないかと私は思うのだがね。センターとショートとセカンドがお見合いする真ん中にぽてんと落ちるみたいな事例。誰もその事例についてヒヤリ・ハット報告を書くべきなのが自分だと思わないような事例。そういうのを放っておくことが大事件につながるんだろうにね。

紙に記入して出してた時代なら、こういう理不尽な質問項目は白紙で出していたのだが、コンピューター処理だと一項目でも空欄があったら登録できない。いろいろと、やれやれである。