こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

使えない医者とは

どういう医者が使える医者かという論点には諸々あろう。有能さにおいて多様性のある医者が集まったチームが良いチームであるからには。むしろ使えない医者というほうに共通要素は多かろう。他のどのような美点を兼ね備えていても、こういう欠点がある医者は使えないとしか言いようがない、と、そういう要素は確かにある。

そういう悪徳のなかで私がいちばん嫌うのは「そこにいない医者」だ。病棟にいない医者。外来にいない医者。とにかく、その場にいない医者。

たまたまその場にいないだけってこともあろうけど、でも、ランダムさだけでは決まらない。必要とされる現場に不思議にいない医者ってのは確かにある。何をしているか知らないけど。逆に、不思議に急場に現れる医者ってのもある。使える医者の代表だ。

予知能力者でもあるまいし前もってその場にいろなんて無理だと言われるかも知れない。しかし、病状の把握ができてればある程度の見当はつくはずだし、もしもその見当がつくほど勘ばたらきがよくないと自覚しているのなら、せめて、病棟担当のときは病棟を巡回していること、NICU担当のときはNICUにいること。それくらいはできるはずだ。

その場にいない医者に限って、後から現れて、ああだこうだと後知恵を述べるわけだが。回診が後知恵披露の場になると聞いててうんざりする。述べる医者は偉い医者のつもりでしゃべっているんで、少々痛い。

まして、それが若い医者だったりしたら、そんな奴どうやって育てろってんだよと臨床研修システムを恨みたくもなる。何かあったら呼んでくれって君は何様だ? わざわざ呼ぶ手間かけてまで仕事をさせて頂けるって思ってるの? 黙って干すよそんな奴。

これは私が繰り返し使うネタなので聞き飽きた人には恐縮だが、ドラえもんでさえ野比家に常駐していたのだよ。君は四次元ポケットもってるんかい? 呼ばれたらどこでもドアでとんでくるんかい? 手遅れになったらタイムマシンで取り返せるんかい?