こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

やればできるじゃないかということ

最近あんまりブログを書いていないんだけれども、なんで動機が薄れたのかと考えてみた。卑近なことを言えばiPhoneフェイスブックで遊ぶのに忙しいからなのだろうけれど、自分の言うことが職場で通るようになってブログで鬱憤を晴らす必要性が薄れたってこともある。

なにさま、今は思うことがどんどん実現している感じがする。病棟で重度心身障害児の呼吸管理もできるよう態勢を整えよと院長から命じられたり、外来に臨床心理士を雇用できたり、NICUではグラフィックモニタ付きの人工呼吸器がデフォルトになったり。追い風。追い風のスピードに負けずに走るのが精一杯って感じ。

以前は何をしても向かい風だった。というか、空気のなかにいる感じがしなかった。粘性抵抗の強い液体のなかにどっぷり漬けられて、どちらに動こうにも動けない感じ。終日、「なぜそれができないか」の言い訳を作るのが仕事だった感じ。

でも部長の肩書きを得て、まあ部下のいない「担当部長」でも部長名義でいちおうの稟議は書けるしってんで、あれこれ動いてみたら、できないはずだった臨床心理士の招聘もできたし、買えないはずだった高嶺の花の人工呼吸器が意外に簡単に手に入ったし。じゃあ今までできない言い訳をしていたのは何だったんだよと思う。手を抜いていただけかよ結局のところ、といういらだちや申し訳なさも当然あるが、それ以前に、言い訳に使った手間暇や心理的負担の方が、実現に使ったコストよりもよっぽど大きかったじゃねえかという、憤慨というか。ひどく人生を無駄にした感があるというか。

そしてその言い訳は自分に対しても言い訳として効いていたんだなと思う。できないことと諦めたことにして、勉強を怠っていた。人工呼吸器ひとつにしても、買ってしばらくは性能を生かしきれていなかった。グラフィックモニタ付きの人工呼吸器が欲しくてたまらないんだったら、手には入ったら即刻使えるくらいにグラフィックの読み方を勉強しておくべきじゃなかったかという反省がある。