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こどものおいしゃさん日記

何だってこんなことになってしまったのだろう

歴史的責任と引き際について

ひと頃の閑散とした時期は過ぎたようで、比較的重症の入院が続いた。

閑散とした時期が続くといつも、当院NICUは歴史的役割を終えたのではないかと考えてしまう。存在の必然性がない施設が居座ることで、当地の周産期医療の最適化を妨げることになってはいないか。いわゆる「引き際」を心得ない老醜みたいなものを発散していないか。

平成6年だそうだが、当院が当地でははじめてNICUの認可病床を設置した当時は、端的に言えば当地の一般的な産科施設で生まれた新生児が病気になったところで紹介先などなかったと聞く。当時は私は当地にいなかったので伝聞でしかないが、しかし、総病床数200床にみたない私立病院が、認可病床を設置し、新生児搬送用に救急車をあつらえて迎え搬送もするようにしたら、それでビジネスとして成立してしまったわけだから、下世話な表現で恐縮だが、「市場」は「入れ食い」の状態だったのだろうと推察している。

そうやって当院が、私立病院による小規模(当初6床)のNICUがビジネスとして成立してしまうという実例を示してしまったことが、当地の新生児医療の発展する方向を変えてしまったのかもしれない。当地には本来あるべき大規模集約のNICUがなく、中小規模が複数で運営している。NICU病室のハードを整えて、これからマンパワーをそろえにかかろうとしている病院も複数ある。当院よりも病院自体の規模は大きいが、彼らが準備しようとしているNICUは当院のものより小さい。中小規模NICUが今後もますます増えるように思われるが、我々がその嚆矢となったのではないかという、いわば歴史的な責任みたいなものを、感じなくもない。